自治体法務の備忘録

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広島市暴走族追放条例の考察(その1)

 3対2でかろうじて合憲と認められた広島市暴走族追放条例に関する最高裁判決については、以前にご紹介しましたが(http://d.hatena.ne.jp/kei-zu/20070919/p2)、反対意見における法制執務的な指摘について、参考まで引用しておきます。
 多数意見でも本条例の規定ぶりについて厳しい指摘がされており、各自治体の法制執務ご担当は、引用した例規と併せてご参照ください。

藤田宙靖裁判官】
通常人の読み方からすれば,ある条例において規制対象たる「暴走族」の語につき定義規定が置かれている以上,条文の解釈上,「暴走族」の意味はその定義の字義通りに理解されるのが至極当然というべきであり(そうでなければ,およそ法文上言葉の「定義」をすることの意味が失われる),そして,2条7号の定義を字義通りのものと前提して読む限り,多数意見が引く5条,6条,施行規則3条等々の諸規定についても,必ずしも多数意見がいうような社会的通念上の暴走族及びそれに準じる者のみを対象とするものではないという解釈を行うことも,充分に可能なのである。加えて,本条例16条では「何人も,次に掲げる行為をしてはならない」という規定の仕方がされていることにも留意しなければならない。多数意見のような解釈は,広島市においてこの条例が制定された具体的な背景・経緯を充分に理解し,かつ,多数意見もまた「本条例がその文言どおりに適用されることになると,規制の対象が広範囲に及び,憲法21条1項及び31条との関係で問題があることは所論のとおりである」と指摘せざるを得なかったような本条例の粗雑な規定の仕方が,単純に立法技術が稚拙であることに由来するものであるとの認識に立った場合に,初めて首肯されるものであって,法文の規定そのものから多数意見のような解釈を導くことには,少なくとも相当の無理があるものと言わなければならない。

広島市暴走族追放条例
 (定義)
第2条 この条例において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。
(1)〜(6) (略)
(7) 暴走族 暴走行為をすることを目的として結成された集団又は公共の場所において、公衆に不安若しくは恐怖を覚えさせるような特異な服装若しくは集団名を表示した服装で、い集、集会若しくは示威行為を行う集団をいう。
(8) (略)
 
 (保護者の責務)
第5条 保護者は、暴走族が少年の健全な育成を阻害するおそれがあることを踏まえ、その監護に係る少年を暴走族に加入させないよう努めるとともに、当該少年が暴走族に加入していることを知ったときは、当該暴走族から離脱させるよう努めなければならない。
 
 (学校、職場等の関係者の責務)
第6条 学校、職場その他の少年の育成に携わる団体の関係者は、その職務又は活動を通じ、相互に連携し、当該団体に属する少年を暴走族に加入させないよう努めるとともに、当該少年が暴走族に加入していることを知ったときは、当該暴走族から離脱させるよう努めなければならない。
 
 (行為の禁止)
第16条 何人も、次に掲げる行為をしてはならない。
(1) 公共の場所において、当該場所の所有者又は管理者の承諾又は許可を得ないで、公衆に不安又は恐怖を覚えさせるようない集又は集会を行うこと。
(2) 公共の場所における祭礼、興行その他の娯楽的催物に際し、当該催物の主催者の承諾を得ないで、公衆に不安又は恐怖を覚えさせるようない集、集会又は示威行為を行うこと。
(3) 現に暴走行為を行っている者に対し、当該暴走行為を助長する目的で、声援、拍手、手振り、身振り又は旗、鉄パイプその他これらに類するものを振ることにより暴走行為をあおること。
(4) 公共の場所において、正当な理由なく、自動車等を乗り入れ、急発進させ、急転回させる等により運転し、又は空ぶかしさせること。
2 何人も、前項各号に掲げる行為を指示し、又は命令してはならない。

広島市暴走族追放条例施行規則】
 (中止命令等の判断基準)
第3条 市長は、条例第17条に規定する中止命令等を行う際に、条例第16条第1項第1号の行為が威勢を示すことにより行われたときに該当するか否かを判断するに当たっては、次に掲げることを勘案して判断するものとする。
(1) 暴走、騒音、暴走族名等暴走族であることを強調するような文言等を刺しゅう、印刷等をされた服装等特異な服装を着用している者の存在
(2) 明らかに人物の特定を避けるために顔面の全部又は一部を覆い隠している者の存在
(3) 他の者を隔絶するような形での円陣等い集又は集会の形態
(4) 暴走族名等暴走族であることを強調するような文言等を刺しゅう、印刷等をされた旗等の公衆に対する掲示物の存在
(5) 暴走族であることを強調するような大声の掛合い等い集又は集会の方法
(6) その他社会通念上威勢を示していると認められる行為

(略)
 私もまた,法令の合憲限定解釈一般について,それを許さないとするものではないが,表現の自由の規制について,最高裁判所が法令の文言とりわけ定義規定の強引な解釈を行ってまで法令の合憲性を救うことが果たして適切であるかについては,重大な疑念を抱くものである。本件の場合,広島市の立法意図が多数意見のいうようなところにあるのであるとするならば,「暴走族」概念の定義を始め問題となる諸規定をその趣旨に即した形で改正することは,技術的にさほど困難であるとは思われないのであって,本件は,当審が敢えて合憲限定解釈を行って条例の有効性を維持すべき事案ではなく,違憲無効と判断し,即刻の改正を強いるべき事案であると考える。

田原睦夫裁判官】
ア 服装について
 本条例17条は,「特異な服装」をして,い集又は集会することを規制の対象とする。施行規則3条1号は,「暴走,騒音,暴走族名等暴走族であることを強調するような文書等を刺しゅう,印刷等をされた服装等特異な服装を着用している者の存在」と規定し,「特異な服装」について一応の限定を付するかの如きであるが,同号は,本条例17条に定める「特異な服装」の解釈規定ではないうえ,「特異な服装」は同号に限定されず,同号に該る服装を着用していなくても「特異な服装」をして「他の者を隔絶するような形での円陣等い集又は集会」(3号)をしていれば,中止命令等の対象となるとするものであって,結局服装について,「暴走族,又はそれに準ずる集団に属することを想起させるもの」に限定してはいないのである。

広島市暴走族追放条例
 (中止命令等)
第17条 前条第1項第1号の行為が、本市の管理する公共の場所において、特異な服装をし、顔面の全部若しくは一部を覆い隠し、円陣を組み、又は旗を立てる等威勢を示すことにより行われたときは、市長は、当該行為者に対し、当該行為の中止又は当該場所からの退去を命ずることができる。

 人が,道路や公園等開かれた公共の場所において,如何なる服装をするかは,憲法11条,13条の規定をまつまでもなく本来自由であり,それが公衆に不快感や不安感,恐怖感を与えるものであっても,それが,刑法や軽犯罪法等に該当しない限り,何ら規制されるべきものではない。
 殊に,服装が思想の一表現形態としてなされる場合には,憲法21条との関係上,その表現行為は,尊重されなければならない。そして,その表現行為の中には,髪形や身体へのペインティング等をも含め,今日の社会常識からすれば,奇異なものも含まれ得るのであり,また例えば平和を訴える手段として骸骨や髑髏をプリントしたシャツを着用する等,一見それを見る者に不安感や恐怖感をもたらすものも存し得るが,それらの表現行為が軽々に規制されるべきでないことは言うまでもない。ところが本条例では,上記のような服装も中止命令等の対象となり得るのである。
イ「顔面の全部若しくは一部を覆い隠す」行為について
 本条例17条は,かかる行為につき,何らの限定も設けておらず,また施行規則3条2号は「明らかに人物の特定を避けるために顔面の全部又は一部を覆い隠している者の存在」を中止命令等発令の基準として定めているところ,それらの規定からは,顔面の全部又は一部を覆い隠す行為と暴走族等との直接の結びつきは認められないのである。
 人物の特定を避けるために顔面の全部又は一部を覆い隠す行為は,日常の社会生活においても時として見受けられるのであって,例えばいわゆる過激派集団の一部が参集する際に,ヘルメットを着用したうえでタオルで顔面を覆い隠していることは周知の事実であり,また,一部の宗教団体において,ヴェールで顔を覆い隠す等のことがなされている。それらの行為をも含めて,同人らがい集し又は集会を開催することが,公衆に不安又は恐怖を覚えさせるときは,中止命令等の対象となり得るのである。
ウ「い集」行為について
 「い集」とは「蝟(はりねずみ)の毛のように,多く寄り集まること」(広辞苑第5版)を意味しているが,い集している集団は,集会と異なり,その参加者に主観的な共同目的はなく,個々人が,その自由な意思の下に,単なる興味目的や野次馬としても含めて,随時集っている状態である。
 憲法11条や13条の規定をまつまでもなく,民主国家においては,道路や公園等,公共に開かれた空間を人々は自由に移動し,行動することができるのであるが,本条例は,「い集」した集団が「特異な服装等」をしていれば,その規制の対象にするものである(なお,本条例は,市の管理する公共の場所で市の承諾又は許可を得ないで,上記のごとき「い集」をすることを中止命令等の対象としているが,「い集」している集団には,主催者なるものはあり得ず,予め市の承諾又は許可を得る主体は存し得ないのであり,従って「市の承諾又は許可を得たい集」なるものは有り得ないのである。それ故,本条例に基づいて,い集している集団に対して,中止命令等を発令し,その命令違反を刑事罰に問うことは,不能な条件を付した構成要件に該当する行為を犯罪に問うものであって,その点においても憲法31条に違反するものと言わざるを得ない。)。