「住民自治」と「団体自治」
何を今さらの話になりますが、「地方自治の本旨」を考えてみましょう。
「地方自治の本旨」とは、一般的に「住民自治」「団体自治」とされています。ここで、
【住民自治】
自治体の行う行政について、できるだけ広い範囲にわたって、地域住民の参加の機会を認め、住民自身の意思と責任・負担において当該団体の運営を行われること。
【団体自治】
地方団体が国家から独立し、自主的権限によって、自らの事務を処理しようとするもの
であるわけですが、国によってはその成立や過去の経緯から、両「自治」の概念についてアクセルの踏み方が異なります。具体的に言えば、英米では「住民自治」に比重が置かれるところ、欧州では「団体自治」への比重が大きい。
アメリカにおいて、極端な保守主義は、時には無政府主義の側面をも持ち得ます(オバマ大統領が打ち出した健康保険制度のような国家的な社会保障が自治に反するものとして否定されたり、シカゴの銃規制条例が違憲とされるなど)。また、EU議会のテクニカルな構築は、団体自治の蓄積が大きいんじゃないかな。
これら2つの「自治」の内容をより理解するため、その反対の概念を挙げるとすれば、
となるでしょうか。官治(かんち)とは、国家が直接、自らの機関によって行政を行うことをいいます。
極端な例として「官治による中央集権」として「地方自治」がまったく達成されない事例もあるほか、「住民自治」または「団体自治」だけで「地方自治」の達成が不十分な事例も想定しうる。
さて、2000年分権改革以降の「中央集権」を解体する試みが「地方分権」であったとすれば、それは当初「団体自治」の拡充でこそあれ、「住民自治」の充実にリンクするものではなかった。
拙blogでも過去に
「地方分権」は行政庁間の権限争いであり、住民が関心を持つものではなかった。
との識者の見解をご紹介したことがありますが(http://d.hatena.ne.jp/kei-zu/20100511/p1)、逆に言えば、
と言うことができそうです。
個人的な見解を言えば、例えば「自治基本条例」の制定の試みは、拡充された条例制定権の下、「住民自治」を「団体自治」においてどのように担保するかが論点なのだと思います(日本国憲法が国と国民の関係を規定するものであるのに比して、「自治基本条例」が「自治体の憲法」と呼ばれるのもこの故でしょう)。
「従来から問題なく自治体の事務は執行されているのに、なぜ改めて『自治基本条例』が必要なんだ」という疑問には、この点を理解していないと説明に欠ける気がします。