自治体法務の備忘録

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立法における前例踏襲の意味

 さて、読後に自由に想像の翼を羽ばたかせることができる詩や小説とは違い、これが法律の条文ともなると、感性ばかりではなくその立場にもよって、随分と解釈が異なることがあって、「じゃあ、どっちの判断が正しいか白黒つけよう」と裁判が求められることになります。
 そして、法の解釈が司法の場で積み重ねられるものであれば、立法に際しての法制執務においては、当然のことながらこれを尊重する必要があります。

 法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人又は人の業務に関し、前条の違反行為をしたときは、行為者を罰するほか、その法人に対しても、同条の罰金刑を科する。

 これは、「行為者のみならず法人をも処罰する」という「両罰規定」の一般的な規定の手法です。
 何が書いてあるのか良くわからないよね、というのが一般的な感想でしょうし、実際、私も上記の旨の条文を書いた際は「もうちょっと、なんとかならない?」と担当課の方に聞かれました。でもね、これはこうとしか書けないんです。
 以下は、ちょっと長めの引用です(web上での読みやすさを考慮し、レイアウトを少々変更しています)。

 その歴史を紐解くと、明治13年に酒造税則中で家族雇人が違反をしたときに営業者を処罰する規定が設けられた。これが現在の法人処罰規定の原型である。
 しかし、このような転嫁罰では、責任主義の観点から問題がある上、違法行為を行った従業員個人も処罰しなければ実行を期しがたいとの観点から、昭和7年の資産逃避防止法において、現在のような両罰形式の規定が設けられ、それ以降、この規定ぶりが一般化して今日に至っている。
 この両罰規定によって事業者が処罰される根拠について、違反行為を行った従業者の罪責が事業者に転嫁されるという考え方もある。しかし、最高裁判所は事業主として事業者等の選任・監督その他違反行為を防止するために必要な注意を尽くさなかった過失の存在を推定した規定と解し、今ではこれが確立した解釈となっている。
 この状況にもかかわらず、その立案する法律案で、これと異なる表現や解釈をとったらどうなるであろうか、いうまでもなく、既存の法律の解釈や運用をいたずらに混乱させる結果に終わるだけである。
 したがって、両罰の規定を設けるとしたら、必ずこのように書かなければならないのである。
「実務立法演習」(山本庸幸・商事法務)20頁

 事務の妨げとなる前例踏襲主義はもちろん否定されるべきですが、法制執務における条文の規定ぶりにおいて、「類似の前例を探せ!」と言われる理由は上記の例によるわけです。