自治体法務の備忘録

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実務屋からの弁明

 昨日、ぐだぐだと書きながらも(http://d.hatena.ne.jp/kei-zu/20060416/p1)、自治体法務に具体的に携わる者の立場として意見が投げっぱなしのブレーンバスターでありましたので、実務屋としての弁明(のようなもの)を補足します。

法曹がやるのはしょせん法律の解釈にすぎないんだよ。それよりは役人になって法律をつくるほうが絶対に楽しいと思うね
http://www.seri.sakura.ne.jp/~branch/diary0604.shtml#0412

ものすごく、よくわかる。これこそが、キャリアの方々のメンタリティだと思います。私のよく知る元官僚の方も、まったく同じ心情を私に吐露されたことがありましたし、みなさん同じことをおっしゃります。http://d.hatena.ne.jp/nationfree/20060120参照。

 中小規模の自治体で法務担当をやっている立場から僭越ながら言えば、行政の制度作りを「法」という立場から編み込んで作業は楽しくて仕方がない(辛いけど)。これが国規模であれば、そのやりがい・達成感はどれほどのものだろうかと思いを巡らせることがあります。
 役人の立法については、スポーツで言えばグランドに立つプレイヤーが、走り回りながらルールを作っているようなものであるということに比喩されるところですが、「政策法学」の泰斗であるところの阿部泰隆教授(中央大学)による以下のような指摘を忘れてはいけません。

 役所の法務は、訴訟法務・解釈法務と立法法務(筆者はこれを政策法学と称している)に分かれる。訴訟法務・解釈法務は、これまでは、中央官庁においても、学部卒業後数年以内の下級職員の仕事で、幅広く奥深い解釈論を究めようとすると出世できないという傾向にあり、地方公共団体レベルにおいては、やや誇張して言えば、「お見込みの通り」式の行政実例や、担当官庁の関係者が私人としての立場で執筆し、解釈上もしばしば疑念のある解説書をいわばご本尊のように扱ってきた。訴訟の場でも、顧問弁護士の下働きという、つまらない仕事も少なくなかった。これでは、法務ではなく、「法無」である。
(略)
 立法なり、政策作りの場をみると、中央官庁では、大学では解釈学しか学んでいない法学士が、往々にして政策マインドなしに、いい加減な妥協のもとに立法を行い、解釈論の素養しかない法学教授や法曹が立法に参画するという、不思議な現象がみられる。法技術でも、終戦直後の先例を五〇年以上も見直さない内閣法制局シーラカンスガラパゴス)的解釈や慣行が支配している。地方公共団体では、新規の施策でも、中央官庁の施策や補助要綱の中から適当なものを探し出し、補助金を獲得し、計画の承認を得るため陳情するというパターンが普通であった。そこで、新しい政策を作ろうとするときも、所管官庁にお伺いを立て、伝統的な「頭の固い」解釈で「ダメダメ」と言われると断念せざるをえないことが一般的であった。また、法務担当職員は、法規事務の手引きなどに出ているように、「てにをは」を直すとか、「行なう」を「行う」に改めるとか、「モデル条例」を単純に当てはめるとか、新規施策に対して現行法ではできないと足を引っ張っている(法制局や本省がダメと言っている)と悪口を言われることが多かった。
http://www.ne.jp/asahi/aduma/bigdragon/seisakuh.htm

政策法学講座

政策法学講座

の序章として書かれた文章の、著者のサイトにおける掲載から

 自治体の置かれている現状について言えば、「法に使われること」に発想が止まることの多い側面が「機関委任事務における実務対処として地方公務員に染みついたものなのでないか」と、以前に指摘したことがありますが(http://d.hatena.ne.jp/kei-zu/20051124/p1)、最近は自治体の「法」運営に積極的な解釈が求められるところ、実は私は前職の民間業者勤務の振り出しにおいて、個別の事例が訴訟になる可能性が高い本社の事務管理部門で、判断する際には「ぶっちゃけ、裁判になったら勝てるだけの理屈を組み立てられるのか」の指針で仕事をしてきた経験が(結果的に)大きな糧になっています。逆に言えば、個別の商品取扱に際して、判断事例集と首っ引きで、なおそれでも判断が付かないときは主務官庁にお伺いを立てていたのに対して、自治体法務では、自治立法での対処が可能であることに大いにとまどったところであります。
 id:dpiさんがご期待される行政事件訴訟法の改正の際には、「法を策定した行政が、紛争の解決手段として想定していない司法による解決は不可能ではないのか」という庁内の意見に対して、真っ向に発想の根っこが違うのだな、と改めて思った次第でした。この点が、私などより遙かに自治体法務にお詳しい方が多くいらっしゃる中で、私自身にささやかなアドバンテージになっていると思います。そして、そのような「異端」の発想は、今後は「政策法務」の旗の下に主流になり得るのではないかと密かに期待するところであり、「理論」と「実務」の隔絶を実践をもって埋めていくことが、これからの自治体法務担当に期待されているものであると考えています。
 さて、私たちの実務において、対処すべき事例は抽象的なものではなく、個別具体的なものである訳なのですが、

実務ではとにかくも現実を少しでも動かさないといけません。そのとき、目に見えない声・政治的力量のない声にどこまで重みを置くのか置けるのかは難しい判断です。まして、そのような声に他の関係者が耳を傾ける気が全くない場合には。
かかる決断が法規担当者の矜持と屈辱の分水嶺です。

 法規担当者は違法か合法が答えが二つしかありえないのが、しんどい点でもあり面白い点でもあります。

http://propos.s27.xrea.com/20051031.html

という六角潤さんのお言葉は、深く胸に止めるべきでありましょう。
 いずれにせよ、行政を巡る「法」については、その前途に豊穣な平原が広がっていると認識するところであり、この分野での優秀な人材のご活躍を期待させていただくところです。